リアリティとリリシズムが心にしみいる名作百合マンガ 吉田秋生「櫻の園」

「櫻の園」。百合界の名作中の名作ですね…

※百合マンガとして有名になっているだけで、基本的にはべつに百合マンガというわけではなく青春ものの少女マンガです。男女カップルも容赦なく出てきますので百合だけが読みたい人はご注意を。

大好きな吉田秋生先生の1994年の作品です。
吉田秋生先生といえば小学館というイメージですが、こちらは白泉社から出ています。

女子高を舞台に演劇部の女の子たちの青春を描いたオムニバスとなっていて、リアリティとリリシズムがものすごく見事に調和した美しくも等身大の物語なんですよ…。
共学しかいったことのない私でさえまるでその世界を自分の物語として経験してきたかのように感じちゃいます。

吉田秋生先生は本当に偉大だ。

百合的にはチヨというボーイッシュな見かけの女の子と、志水さんというマジメな優等生の女の子の関係が軸になっているんですが、志水さんと”不良グループ”の杉山との友情もまた素敵です。

あと、彼氏持ちの子たち(杉山とアツコ)の、「女の子」である自分と別れて大人の「女」になっていくことへの戸惑いや悲しみのような感情なんかもこれまたとてもありありと描かれていて、短くも輝かしい少女時代と美しく咲き誇りながらもはかなく散りゆく学校の桜並木の風景が相まってほんとせつないんですよね。

百合マンガとして萌えるだけでなく、女の子の気持ちを丁寧にあつかった青春マンガとしてももちろんほんとに傑作だと思います。

以下、ちょっとネタバレな話をします。

志水さんがチヨのことを好きな理由が「好きだった人(男)に似てるから」というのが、ほんと…お前…ときめきを返してくれよ…って初めて読んだ高校生の時は思ったものですが。

今となってはこれこそがこの作品のキモだし、むしろ萌えポイントだと思っています。

女子って繊細でひたむきなロマンチストなのに、とても冷酷でとても移り気なリアリストでもある。

志水さんもいつか大人になっていく過程で過去のトラウマやとらわれから自由になれば、高校時代の短い時間に同性の同級生に恋したことなどすっかり忘れて男と付き合い結婚もするのかもしれない。

この作品に出てくる女の子たちは女子校の生徒でありながら、だいたいみんな他校に彼氏がいたり好きな男の子がいたりします。もうまったく当たり前のように異性が好き。

そして同性のチヨのことを好きな志水さんでさえじつは”異性の代替品”として、トラウマとなっている部分から逃げられる”安全な恋愛対象”として、ボーイッシュでかっこいいチヨのことをほんの短い少女時代の一時の夢として「すき」。

一時の想い誤り、夢まぼろしのような感情かもしれない。

…でもだからこそ、一瞬のはかない夢のような恋だからこそ、この恋は永遠に美しいのかもしれない。

学校を取り囲む桜の園のように、息が詰まるほどに美しく咲き狂うけれど時期が来れば夢から覚めたみたいになんのこともなく散ってしまう。

ほんらい打算的でリアリストな生き物である「女」が、何かを得ようだとか自分のものにしようだとかそんな欲得とか計算なんかまったく持たず、ただただ相手に「好きよ 大好き ほんとうよ」って言えること。

(追記:うーーん、女性が「ほんらい打算的でリアリスト」と言ってしまったけど、それは平均的に見て女性がこの社会において男性のような高い下駄を履かせてもらっていないからであって、わりと幼い頃からそれをなんとなく感じ取り、男性に比べてしたたかになっていかざるを得ないっていうのもあると思っています…。なのでほんらい、というより後天的に、かも。

あと、「女は打算的でリアリスト」というのは社会側や男側からつけられたレッテルである、という部分もありますよね。じっさいのところ、たとえば私自身は自分のことどんぶり勘定で夢見がちな人間だと思ってるし、人それぞれですもんね…。なのにこうして私も「女は」とレッテルを貼ってしまったわけですね…反省)

その輝き、喜びが一瞬のものであるとわかっているからこそ、こんなに大切でこんなに切ない。

これが萌えでなくてなにが萌えといえるのか…。

そう感じるようになったんです。

失ったものほど美しく見えてしまうものですよね。これはもう二度と戻れない少女たちの王国、王女たちだけの国の物語…

すっかり現金な大人になってしまった元少女の心にこそ強く響くものがあるわけなんでしょうね…ウッ。

高校時代に読んだときもすごくはまったし、そして大人になってから何度読んでもすごく切なくなるし萌える。まだ読まれていない方には今少女であろうと大人であろうとぜひ読んでみていただきたい作品です。

(ちなみに…この作品、映画化もされてるんですが… 一応観たんですが… 原作とはかなり違ったので…… 個人的にはあまりおすすめはできないです… お察し……)

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